Archive for 旅行

2015北海道旅行

2015/09/09
札幌へ

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成田発の1番機ジェットスターに乗って、北海道旅行を兼ね、苫小牧に住む娘夫婦を訪ねる旅に出た。成田は雨が降っていたが、北海道の空は良く晴れて我々を歓迎してくれた。千歳空港から電車で札幌へ、美しい大道り公園の景色を楽しんだ。赤レンガで有名なサッポロビール工場の店で、本場のビールを堪能した。第一泊は定山渓ビューホテルにとった。

2015/09/10

大雪山国立公園 層雲峡

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北海道の屋根とも言われる層雲峡のチョーヨー・リゾートホテルに第2泊をとる。美味しい料理を楽しむ。

2015/09/11

黒岳へ

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黒岳(くろだけ)北海道大雪山系の秀峰として人気のある、標高1948mの山を目指してケーブルカーに乗った。山登りではなく、山見物と言ったところだ。

ロープウエイ

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若い頃、スキーで経験したロープウエイに50年振りに乗った。82歳の年寄りが乗るマシーンではない。ぶら下げた足が震えた。ロープウエイ終点にある案内板で多くの山々が表示されている。続々と登ってくるロープウエイ女性客の赤いウエアが美しく映える。

ミニ登山

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ケーブルカー・ロープウエイとマシーンを頼りに山を登って来たが、ロープウエイ終点から山頂までは、自分の足で登ることになる。係員に頂上までの時間を尋ねたら、俺のことをジロジロ見ながら、1時間半はかかるでしょうと、疑わしそうな目で教えてくれた。約20分ほど登った所で登頂を断念した。若い本格的な山男の邪魔をしないように退散した。スニーカーで登れるほど甘い山ではない。足を痛めるまえに退却して正解だった。

山を下りる

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ケーブルカーで山を下りる。綺麗な花壇の前で一休み。層雲峡温泉、第2泊。山は静かに陽を落としていった。宿泊、朝陽リゾートホテル。

2015/09/12

再び札幌へ

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層雲峡温泉からバスで札幌に帰って来た。札幌の街は、「さっぽろオータムフエスト2015」と銘打ったイベントで賑わっていた。

2015/09/16

登別マリンパーク

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娘たちの案内で、登別マリンパークを見物した。水族館で多くの魚たちと可愛いペンギンに会い、見事な演技のドルフインショーを満喫した。北の海、生きとし生けるものの限りない命の躍動を感じる。

地獄谷・大湯沼と天然足湯

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大湯沼、文字どうりお湯の沼。天然温泉の大きさは、周囲1Km、深さ22m、表面温度50℃、最深部130℃と案内板に表記されていた。まさに天然温泉。入浴するには少しばかり熱すぎる。沼から流れた熱湯が、川の水で冷やされ、お風呂の温度になって流れている。多くの人が足湯を楽しんでいた。「野性の熊がいます、注意して下さい」の看板がある、熊は人を見分けることが出来る。誰が1番美味しいか。決して俺ではないことを。

登別温泉

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北海道を代表するとも言われる人気のある温泉。昭和45年(1970)北海道勤務だった約半世紀前。37歳の若い頃、何度か訪れた記憶がある。有名な熊牧場があり、観光客にも絶大の人気がある。

2015/09/17

倶多楽湖

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支笏洞爺国立公園の中にある神秘の湖、クッタラ湖。アイヌの言葉から命名されたと聞く。周囲8km、水深148mの丸い湖。火山の噴火で出来たカルデラ湖で、水の透明度は、北海道トップクラスとか。

倶多楽湖にて

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まさに神秘な湖。資料の空中写真を見ると、山に囲まれたすり鉢のような姿をしている。鏡のような水面に、緑の山と青い空が映る。交通の不便もあり、恵まれた気候でないと来ることが至難な場所とか、よくぞ連れてきてくれた。大感激、大感謝です。

千歳空港にて

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北海道旅行、9月9日から、17日までの9日間、娘たちの配慮で北海道の夏を楽しんだ。定山渓、層雲峡、登別と、北国の豊かな温泉で命の洗濯も出来た。またの日を願って、千歳から東京へ飛んだ。

 

 

2014沖縄8島めぐり

2014/05/12~15

第一日  

出発

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沖縄旅行は二度目になる。一回目は沖縄本島の観光だったが、今回は阪急交通社企画の沖縄の海に浮かぶ多くの島を尋ねる旅に参加した。ツアータイトルは 【はじめての沖縄離島 八重山・宮古8島めぐり4日間】 沖縄には大小160の島がある。そのうち沖縄本島より南にある島を先島諸島と呼んでいる。その島を尋ねよう。 羽田を離陸したANA133便は順調にフライトを続ける。傘雲をかぶった富士山を眼下に見て、沖縄那覇空港へと飛んだ。那覇空港待機で石垣島へのフライトを待つ。

石垣島

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那覇から飛んだジエットは小型のためかなり揺れた。それでも無事に石垣空港に着いた。観光バスで最初に案内された場所は石垣島鍾乳洞だった。俺は、地下深くもぐる鍾乳洞には体質的に拒絶反応を起こす。高い旅行費用を払って暗く湿った穴に入るなんて、何とも不本意だ。第一泊、ホテル・フサキリゾートヴィレッジにチエックインする。

第二日

ホテルを出発して石垣港から船で西表島大原港までの31.4kmの海を渡った。梅雨前線の影響で海は雨風が強く波も高い。約40分、モーターボート並みのスピードで荒れた海をぶっ飛ばす。上下左右に激しく揺れる。写真を撮るなんて到底無理な状態だ。これが沖縄か、懸命に耐える。西表島に無事到着した時は青空が顔を出し、海の色がエメラルドグリーンに顔色を変え、目に眩しく映るようになった。

西表島中間川ジャングルクルーズ

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石垣島から西表島大原港までの船は、まるで戦争のようだった。船を乗り換え小型の遊覧船に変わった。中間川上流マングローブの森、ジャングルクルーズに出発した。

美原・水牛車・由布島

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遠浅の海をのんびりと水牛車に揺られる。何かと忙しい旅の一時、時間が止まったような安らぎを感じる。

由布島亜熱帯植物園

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豊かな植物に囲まれた園内は、流石に東京近辺の森とは顔が違う。バナナ、パイナップルの果物が自然の中に平気な姿で存在する。南の島と言うより、極楽鳥が顔を見せてくれるような花園に迷い込んだようだ。島を取り巻く海では、運が良ければマンタに会えるとか。

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竹富島・皆治浜

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西表島と別れて、石垣島との中間に位置する竹富島へと向かった。何故か梅雨時の空が雲一つない快晴となり、海の色も鮮やかに輝いた。星砂の浜として人気のある皆治浜は多くの人で賑わっていた。星砂は、海藻などに付着した有孔虫の遺骸が砂浜に打ち上げられたもので、幸福をもたらすと言われている。島には、「海の大蛇に食べられた星の子供の骨が流れ着いた」と言う悲しい民話が伝わっている。星砂拾いに挑戦してみたが、我が老いた目では至難の業と諦めた。

水牛車で名所めぐり

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またまた水牛車の登場となり別世界の人となる。水牛を操る御者の説明によると、毎朝、水牛とミーティングをして巡回コースを決めているとか。従って水牛は、ミーティングした通りのコース取りをして自分の意志で我々を案内してくれるとか。御者のジョークとユーモアが、旅の楽しさを倍増させる。毎日同じコースを歩く水牛は、完全に道順を憶えているとのこと。御者の弾く三線の音色と、哀調を帯びた沖縄民謡が、時を忘れた心に浸透する。美女クヤマ生誕の地に来た。「琉球王国時代の竹富島に実在した絶世の美女・安里屋クヤマ(あさとやクヤマ)(1722~1799)王府より派遣された役人がクヤマに一目惚れをし、島妻になれと求婚する。当時、島人が役人に逆らうことは考えられない時代だったが、その求婚を断固はねつけた。島人の反骨精神の象徴として語り継がれている。

フサキビーチ

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宿泊地、フサキリゾートヴィレッジに沿って名蔵湾の美しい海岸線が連なる。空も海も青い。この場所に来るのが遅すぎた。

フサキビーチの夕日

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地球は水の惑星だと言うことが、目の前に広がる母なる海で実感できる。圧倒的に人の心を支配する夕日が西の海に消えようとしている。日の出より落日の方が人の心を何故か揺さぶる。子供が二人、海岸で波に戯れる、夕日が優しくシルエットを造る。海に突き出した桟橋に設置された鐘を鳴らす家族のシルエットが、夕日を浴びて和やかな絵を造る。

第3日

珊瑚礁の海

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どこを観ても絵葉書のような風景に感動する。石垣島川平湾は、青空の色を反射して輝いている。船底にガラス張りの窓があるグラスボートに乗り、珊瑚礁見物をした。海の透明度があまり良くない。美しい珊瑚礁の本当な姿に会えなかったのは残念だった。

石垣御神崎灯台

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石垣島西側に突き出した岬が直角に海へと落ちこんでいる。青空に映える灯台の姿は、自然の猛威に耐える雄々しさと、環境に調和した美しさを感じる。八重山丸(40.39トン)は、昭和27年12月8日、那覇からの航海中、折からの季節風に翻弄され、この沖合2600メートルで遭難沈没して死亡、行方不明者35人の悲劇が起きた。海を望む地に慰霊碑が建立されている。その遭難者を悼むかのように、テッポウユリの花が海風に揺れる。

石垣島から宮古島へ

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石垣島から沖縄本島へ戻る方向に宮古島がある。ANA1792便で空路、宮古へと飛ぶ。眼下に美しい珊瑚礁の島が見える。

雪塩

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まさに雪のような塩だ、それも粉雪のように綺麗だ。一般の塩と違い珊瑚の海には豊富なミネラルが含まれている。その海水から造られているので味が格段に違う。僅かに味見をしてみたが、味音痴の俺の舌でも、その絶妙な美味さが分かる。これが宮古の雪塩か。人気抜群でかなり売れていた。

池間大橋と来間大橋

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池間大橋は宮古島北西部にあり、宮古島と池間島を結ぶ全長1425mの橋で、1992年2月に開通している。来間大橋は、宮古島と来間島を結ぶ全長1690mの橋で、その美しい姿に息を飲む。来間島から見る景観はまさに絶景と言える。はるか遠く、本日の宿泊地、ホテルブリーズベイマリーナを望む。

ライブハウス琉球の風

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ホテルブリーズベイマリーナにチエックインして、夕食後ライブハウスへと出かける。美しい歌姫が沖縄独特の哀調豊かな歌を聴かせてくれる。楽器は彼女の持つ三線と、男性の太鼓だけだが、その旋律は日本民謡の原点を思わせる。1時間以上の熱演に感動し、沖縄旅行最後の夜を楽しむ。

第4日

ホテルブリーズベイマリーナの朝

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ホテルの素晴らしさはチエックイン前日には分からなかった。4日目、朝食後、完璧に整備された前庭に出て写真を撮った。これ以上手を入れることは出来ないと思われる美しさに圧倒される。澄み切った水を満たすプールを前にして、ここにいるのは本当に俺なのかと意識が飛んだ。

伊良部自然公園

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宮古島からフエリーで伊良部島に渡る。バスで隣接する下地島へ渡り自然公園に遊ぶ。雨水による石灰岩の浸食で出来た神秘的な造形美に圧倒される。「通り池」と呼ばれている二つの池は、底で繋がっていて、海にも通じているとか。自然の偉大さが分かる。公園の緑、空の青、メルヘンの世界に遊ぶ思いだ。

平安名崎灯台

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再度、宮古島へ戻り、宮古島最東端、紺碧の海に2kmに渡って突きだした美しい岬に建つ平安名崎灯台(へんなさき)を尋ねた。高さ25m、白色と赤色の光を放つ灯台としても親しまれている。遥かに見渡す宮古の海を画いた小説の一節を記そう。

「綺麗さあ。何度見ても綺麗さあ」 新垣がぽつんと呟くのに、思わず首を縦に振ると、

「この海はただ綺麗なだけじゃないさあ」 「えっ?」 「鯨の通り道なんだよお。大きな大きな

鯨が、この海を通って南へ抜けていくのさあ」

3泊4日、沖縄先島諸島の旅も大詰めになった。東京に帰るより近い台湾のすぐそばまで行った。もう二度と来ることはないだろう南の島ともお別れになる。宮古空港から、沖縄本島那覇を経由して帰宅した。疲れたー。沖縄の方言でありがとうと言おう。

ミーファイユー

 

 

 

 

 

 

2013北海道旅行

2013/10/21~26

羽田・・・新千歳空港

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羽田発8:00。ANA53便。朝一番の飛行機。第一日は札幌泊、一日を有効に使うためのツアー企画。かなりハードスケジュールだ。早朝の電車に乗るために5時起きの苦行。羽田の空は快晴だった。飛行機は苦手だ、あんな大きな物体が空を飛ぶ、しかも、400人も人を乗せて8000メートル上空を飛ぶ、大きな翼がゆらゆらと鳥のように羽ばたく。羽が根本からもげないかと。飛行機が一番安全な乗り物だといわれているが空は怖い、何と言っても地に足がついていない。新千歳の天気は、雨があがったばかりの様子で雲が多く、空港に水たまりが目立つ。よくぞ無事に飛んでくれた。

札幌JRタワー

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ツアー第一日は札幌。北海道旅行は何回も来ているが、札幌の街はほとんど素通りだった。今回は充分に札幌を楽しめる企画になっている。写真左は札幌JRタワー。建設2003年3月6日。地上38階160Mのタワー展望室は、北海道随一の高さとか。360度の絶景は何とも圧巻。天候に恵まれ北側に遠く石狩を眺める。

牧歌の像                          時計台

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JR札幌駅南口、牧歌の像が旅人の心を優しく癒してくれる。3人の乙女が、トウモロコシ、ポプラの若木、スズランを持ち、2人の若者が角笛を吹き、子羊を優しく抱いている。広く豊かな北の国、北海道ならではの牧歌的な姿が、小さな旅をより豊かなものにする。時計台は、明治11年(1878)札幌農学校にて完成している。その後、明治39年(1906)札幌区の移管となり、現在地に移転された。街が大きく変貌するにしたがって、時計台の姿が可愛らしく昔の顔で頑張っている。

赤レンガ庁舎

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北海道庁旧本庁舎「赤レンガ」の愛称で親しまれている旧庁舎。明治21年(1888)竣工され、アメリカ風ネオバロック様式の建造物で、国の重要文化財として指定されている。館内は北海道開拓資料を展示し、北海道の様々な歴史が読みとれるように配慮されている。観光客にも人気のあるスポットになっている。

大通公園

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札幌市の顔とも言える大通公園。市の中心部に位置し、大通西1丁目から西12丁目までの長さ約1.5Kmの特殊な公園。イベントも多く実施され、初夏の訪れを告げるライラック祭り、YOSAKOIソーラン祭り、2月、真冬に行われる雪祭り等で多くの観光客を集めている。

狸小路

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狸小路は、有名な商店街として観光客にも人気がある。北海道で最古の商店街の一つで、明治6年(1873)誕生している。長さ、約900m、店舗数約200軒、ロングアーケードの商店街で、細長いデパートのようだ。狸小路。その昔、狸の村だったのか、ここに紛れ込むと化かされるのかも知れない。酒の色気にひかれて炉端焼きの店に吸い込まれた。北海道、海の幸。炭火で焼く魚介類の味わいと、よく冷えた生ビールが、神様の贈り物と感じたのは、幸せの極みなのか。

サッポロビール博物館

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サッポロビール博物館は1989年に開館し、2004年12月に大幅なリニューアルを行い、より見やすく分かり安い展示へと生まれ変わっている。札幌の街と共に発展してきた歴史が分かる開拓使麦酒時代を丁寧に表示している。豪華な椅子とテーブルが並ぶクラシックなフロアで、有料だが安い値段で飲める試飲用のビールに目を細める。サッポロビールの原点に触れた思いで至福の一時を過ごす。

サッポロビールとジンギスカン

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工場直送の出来たて生ビールと、北国の味ジンギスカン料理を、ライラックと名付けられたお洒落な店で味わった。ライラック秘伝のタレをたっぷり使ったジンギスカンの味は、決して東京では食べることは出来ない美味さだ。ジンギスカン料理が嫌いな人でも、この店に来れば絶対に好きになる。紙エプロンを付けたオジイサンが、よく冷えた生ジョッキ片手に、この世の天国に遊ぶ。飲み過ぎ、食い過ぎで腹が苦しい。俺は、まだまだ元気だ。

登別温泉と地獄谷

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旅行第2泊は、登別温泉の老舗旅館「温泉天国」第一滝本に宿をとる。札幌駅前バスターミナルより直行バスで約2時間。北海道屈指の有名温泉旅館。北の大地に相応しく全てが大きい。鬼が守ると言われる地獄谷から湧き出す9種類もの温泉は、日本有数の温泉郷として人気絶大である。1500坪の広大な大浴場は、まさに温泉天国。人影も少なく、独り占めの感あり。こんな贅沢が許されるのか。地獄谷。案内書によると、地獄谷とは登別温泉の北東に位置する、長径約450mの爆裂火口跡と記されている。毎分3000リットルもの温泉を湧出し、登別温泉の源泉となっている。地獄谷の姿は、昔と比較すると見事に整備され、多くの外国人観光客で賑わっている。特に中国の人達が多く、大陸的な大声での会話が地獄谷に響く。

札幌藻岩山展望台

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藻岩山は札幌市南区にある標高531mの山で、札幌市民の憩いの場として人気があり若いカップルのデートスポットにもなっている。山頂までのアクセスは、ロープウエイ及び有料道路があり、多くの観光客も訪れている。山頂からの夜景は、360度オレンジ色に輝く宝石箱を見るような景観が一望できる。北海道三大夜景の一つとも言われている。残念ながら夜景を楽しむ時間が無かった。冬は、スキー場としても人気があるとか。

定山渓温泉

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定山渓温泉は札幌の奥座敷とも言われ、観光客に絶大の人気がある。札幌駅からバスで約1時間、静かな大自然に囲まれた温泉郷は、心も体もリラックスできる。第3泊は、定山渓グランドホテル「瑞苑」 定山渓の中でも最大級の広さを誇る露天風呂が自慢のホテルと案内書に唄ってある。バイキング料理の満腹感と生ビールの酔いが、老いた身に限りないパワーをくれる。広々とした自慢の露天風呂に浸かる。夜空に浮かぶ月は半月に近い姿だが結構明るい。無数に見える筈の星影が薄くかすむ。人生辛いことばかりじゃないさ、あの半月のように、明るいこと暗いこと半々と言うことさ。

豊平峡ダム

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豊平峡ダムは、札幌市南区定山渓、一級河川、石狩川水系豊平川の上流に建設されたダムであると、資料に記されている。豊平川の治水、また、札幌市の水瓶としての役を担っている。大自然の厳しい姿を、人為的に変えたことの是非は問うまい。どれ程の人が、どれ程の犠牲をはらって、この巨大なダムを造ったのか、見事なまでの造形美に息を呑む。ダム管理の粋な計らいで時間を決めた観光放水を見ることが出来た。黒部ダムの放水には遠く及ばないが、思いがけずに暖かいお茶をご馳走になったような温もりに感謝したい。

恵庭・道の駅

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恵庭市は、札幌市と新千歳空港のほぼ中間に位置し、豊かな緑と綺麗な水に恵まれた街である。恵庭バイパス36号線に面した「道の駅花ロードえにわ」と名付けられた洒落た建物で休憩した。道の駅独特の姿は、日本全国いたる所で見られる建物で、クラシック音楽に出会えたような落ち着きを感じる。駅内にある洒落た店で軽食とコーヒーで寛ぐ。大きなガラス張りのフロアから眺める庭園は、北の大地北海道らしく広々としている。恵庭は、43年前、昭和45年(1970年)転勤のため東京より移住して来た街で、4年間暮らした想い出の街で、第二の故郷とも言える所である。

恵庭公園

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昭和45年(1970)3月25日。社命により、東京事業所から北海道事業所に転勤した。現、2013年から43年前。当時、北海道のイメージは、苛酷な冬の寒さだけの印象が強く、東京人にとっては遥かに遠い北国の感があった。幼い子供二人を連れた一家4人の北海道移住は、まるで外国赴任のような重みがあったと記憶している。そして落ち着いた場所は、恵庭市駒場町、恵庭公園がすぐ近くの社宅だった。住めば都とか、北海道の冬は厳しい、しかしその反面、春の息吹は圧倒的な緑に包まれ命の再生となる。太陽の温もりを待ちかねた樹木が一斉に緑の芽を吹く。親が案じるほど子供は弱くない。春を迎えた北海道の素晴らしさにすぐ馴染んだ。北国の厳しさも豊かさも自然体で受け入れて丸4年勤務した。多くの若い人達と共に働いた。管理面も技術面も多く学んだ。自分の人生にとって、北海道は第二の故郷になった。その当時の恵庭公園は、現在ほど整備されていなかったが、地形的には変わっていない。今回の訪問で公園内に入った瞬間、40年前にタイムスリップした。園内を流れる小川に架かる小さな橋を渡った時。40年の時間をワープした。今、この年老いた80才の俺は、未来から来た俺なのか。ここは40年前の森だ。・・・・ ある夏の夕方、陽が傾き夕闇が近くなる時間、子供二人が公園から戻って来ない。方々探し回った頃、お兄ちゃんが泣きじゃくる妹の手をしっかりと掴んで帰って来た。道に迷ったらしいが、お兄ちゃんの役目を立派に果たした長男と、兄を信じて付いてきた妹の、限りない兄妹愛の絆に、胸が締め付けられるような感動を覚えた。それが40年前なのか、今なのか頭が混乱した。公園に入った瞬間、一番先に思いだした記憶だった。子供達にとっても恵庭公園は成長の原点であり、まさに第二の故郷なのだ。総合グランド、野球場、テニスコート等、充実した設備があり、恵庭市の顔になっている。今回の北海道旅行の目的は、この恵庭公園だったと言える。

苫小牧

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苫小牧(とまこまい)北海道の地名は、アイヌ語を漢字にした名称が多く、読みにくい所がある。苫小牧市は北海道の南西に位置し、札幌市からは南へ車で約1時間半ほどの距離にある。室蘭市とともに北海道を代表する工業都市、港湾都市である。太平洋に面した海岸を散歩した。ハマギクの白い花に対照的なハマナスの赤い実が見事な色を見せてくれた。時期的に遅かったようで、多くは枯れて乾いた実を付けていた。海鳥に餌付けしているのか多くの鳥を集めた人がいた。沖合遠くコンテナ船が静かに遠ざかって行く。

王子製紙

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王子製紙苫小牧工場。日本製紙業界の雄。資料によると、単一生産工場としては世界第1位の規模を誇っているとか。新聞用紙年間総生産能力約122万トン。国内需要の約4分の1強を供給している。残念ながら見学の機会も時間もなく、よく整備された門前で写真撮影をした。王子苫には貴重な想い出がある。その1・2を記そう。 メモリー1・・・・昭和37年(1962)7月29日猛暑に茹だる後楽園球場。王子苫野球部が、北海道代表で都市対抗野球に出場した。王子は我が社の特上クライアントで、我が音楽部に応援ブラバン参加の社命が降りた。他社及び高校生も含めた寄せ集めブラバンで、指揮は王子製紙の宇都木さんがとった。僅かなリハーサル後、ぶっつけ本番のような応援になった。残念ながら王子苫は都市対抗野球一回戦で敗れたが、俺たちは、相手チームのブラバンに絶対勝ったと自負している。王子本社での打ち上げ会は盛会だった。冷えたビールが五体を刺激する。応援団の一人が秋田音頭を唄いだした。『秋田名物、八森ハタハタ、男鹿で男鹿ブリコ(アーソレソレ)能代春慶、桧山納豆、大館曲げわっぱ』独特な節回しと、素朴な秋田弁が会を盛り上げる。この打ち上げまでにどれほどの人が参加しただろうか。一期一会、もう二度と会うこともないだろうが、素晴らしかった仲間に感謝しよう。 メモリー2・・・・昭和48年北海道勤務3年の頃、王子製紙資材課との親善アイスホッケーのゲームで遊んだことがある。試合とは言えないレベルでの闘いなので、ゲームと表現する。王子製紙の一軍アイスホッケーチームは、日本では屈指の強豪チームで、世界的にも有名である。資材課のチームと言えど我々素人に歯がたつ相手ではない。しかし、そのゲームで俺が2得点をあげる奇跡的な活躍をした。ゴールに向かった俺に、仲間の絶妙なアシストがあった。俺は夢中でゴルフスイングのようなショットを打った。見事に相手ゴールを割った。2点目は、相手が反則を犯したと言う設定で、ペナルティーショットが与えられた。それを見事に決めた。そのゲーム中、王子の本間監督が一緒に遊んでくれた。懸命にパックを運ぶ俺の前を、監督は背走しながらチョッカイを出してきた。神様を相手に大真面目でプレーをしているその時の俺が、どれほど滑稽だったか想像に難くない。ゲーム後の親睦会で、王子のゴールキーパーに褒められた。「最初の1点は完全に決められたが、2点目は、余りにもシュートの速度が遅いので、逆にタイミングが取れなかった」俺は、ヒーローだったのか、それともピエロだったのか。しかし、俺の生涯得点2は、永久殿堂入りだ。人生には、稲妻のように瞬間的に輝く時があるもんだな。その親睦会で、都市対抗野球で指揮をとった宇都木さんの近況を尋ねた。「宇都木は今、役員になってますよ」だから人生は素晴らしい。懐かしい人が大企業の役員に出世している。息をのむほど感動したことを憶えている。

新千歳空港

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新千歳空港で評判の店、松尾ジンギスカンで食事をする。北海道名物のジンギスカン。【郷に入れば郷に従え】とか、東京ではあまり食えない。また、生ビールを飲んだ。空港見学で屋上に出る。羽田ほどの混雑はないが、多くの航空機が離着陸をしている。帰りの航空機AIR DOが着陸した。あの機で東京へ帰ることになる。旅行中、自家用車で運転をし、方々を案内してくれたK氏に最大級の感謝をしながら、このブログのエンドキーを押したい。本当にありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2012箱根

2012/11/20~21

    

東京の別荘、箱根。都民の多くが気軽に行ける温泉地。多くの外国人観光客も訪れ、ガイドさんが流暢なお国言葉で箱根を案内している。箱根周遊フリーパスを購入して、定番のコース、登山電車、ケーブルカー、ロープウエイと乗り継ぎ、大湧谷で世界に誇る霊峰、富士山に会ってきた。快晴に恵まれた晩秋の青空を背景に、花嫁のウエディング衣装を纏ったような姿で我々を迎えてくれた。僅かにたなびく雲が、花嫁衣装に絡みつく衣ずれを思わせる。

    

芦ノ湖。海賊船をイメージした色鮮やかな遊覧船に乗る。静かな湖を滑るように走る。湖畔の紅葉が、絵画の背景効果を思わせる色合いで見る人を魅了する。白の遊覧船が見事なコントラストで絵になっている。

    

 

    

空と湖の青、そして木々の紅葉が織りなすパッチワークのような赤、まさに日本の美しさを表している。秋は確実に深まっている。目を射るようなモミジの赤が、近づく冬の到来を教えてくれる。

    

2011北海道旅行

時 ・・・・・・ 2011/10/18~20   2泊3日

 昭和新山


   
資料によると昭和新山は、1943年(昭和18年)12月から、1945年(昭和20年)9月までの2年間に、17回の活発な火山活動を経て、生まれた溶岩ドームであると記されている。山は、何万年もの昔からある太古の姿と、信じていた人達の驚きは、どれ程だったか想像出来ない。ガイドさんの説明では、生まれたばかりの新山が、少しずつ小さくなっているとか。俺の小さな頭では理解出来ない。

 洞爺湖の夕景と花火

   

旅行第一日、洞爺湖の夕景は生憎と曇り空で、湖の美しさが半減した。夕食後、暗くなった湖上を彩る花火を鑑賞した。スケールは小さいが、夜のひとときホテル7階から楽しませて貰った。

 洞爺湖の朝

   

前日の曇天から雲が一掃された。眩しい程の朝日に映えて湖が美しい。僅かに雪をかぶった羊蹄山を背に、穏やかな湖面が広がる。湖中央の中島が、名画を見るように、幻想的な姿で浮かんでいる。

 富良野・ファーム富田

   

美しい花々が咲き誇る敷地に、香り豊かなラベンダーが畠一面を彩る。北海道ツアースポットの一つになるまでには、長い時間と、大変な努力が必要だったとか。

 美瑛・四季彩の丘

   

広大な丘陵がパノラマの世界を造り、見る人を圧倒する。色とりどりの花が、敷き詰められた花模様絨毯のように整然と広がる。小型トラクターが観覧車を引いて、お花畑を回る。北の大地、北海道に悠久の時が流れる。

 旭山動物園

   

2007年10月に訪れてから二度目の来園。今回は、ガイドさんのアドバイスを守り、一番低い位置にある正門の西口側から見物した。上り坂を効率良く使って、観光バスの待つ頂上東口までのコースを辿り、色々な動物に会ってきた。お目当ては、北の国ならではのアザラシと白熊。動物たちにストレスを与えないよう、フラッシュ撮影禁止が厳しくチェックされている。

   

 定山渓温泉

   

第2日の走行距離が何と500Km。夜8時、定山渓温泉に到着。即、夕食の席に着く。料理は美味しく大満足だった。冷えた生ビールに目を細め、健康を感謝した。一夜が明け、第3日も快晴の朝を迎える。

 おたるワインギャラリー

   

芳醇なワインの試飲を兼ねた説明会の席に座った。言葉巧みな係員の説明を聞きながら、4種類のワインを堪能した。ワイン製造工程見学後、売店に誘導され、甘くて口当たりの良い【ロゼ】を購入した。

 小樽運河

   

今回で3度目の小樽。雲一つ無い快晴の青空を写す鏡のように、運河の水が静かに満ちている。昼食後、バス集合までの約2時間、お土産を求めて街を散策した。

 

 

 

 

 

2010北海道旅行

時・・・2010/10/19~21   二泊三日

 阿寒湖

   

 神秘的な植物として有名な『マリモ』の湖。周囲をエゾマツなどの原生林が覆う静かな自然探勝路を散策すると、しばし現実を忘れて大自然の懐に抱かれているような安らぎを感じる。すれ違う子供たちが「コンニチワ」と、可愛い挨拶をしてくれた。

 摩周湖

   

 世界第二位の透明度(41.6m)を誇る湖。『布施 明』が歌って大ヒットした『霧の摩周湖』としても有名である。10月半ばになると空気が乾燥するため、霧の季節は終わるとか。良く晴れた青空に映えた湖が、我々を大歓迎してくれた。

 知床の夕日

   

 世界遺産に選ばれた知床半島は、オホーツク海に長く突き出た半島である。宿泊地ウトロ温泉に到着前、オシンコシンの滝がある場所で、素晴らしい夕日に出会えた。真冬は流氷が押し寄せる厳しい海も、今は静かな母なる顔をしている。この凄い夕日に会うことが出来た幸運は、良く晴れた日であることの他に、この時間、この場所に連れてきてくれたベテランドライバーに感謝したい。幸運と不運は半分ずつあるとか。人生満更捨てたものじゃない。誰かが持ってきてくれる幸運もある。

 オシンコシンの滝

   

 日本の滝100選にも選ばれている滝で、流れが途中で二つに分かれているところから『双美の滝』とも呼ばれている。名前の由来を調べると、アイヌ語で『川下にエゾマツが群生するところ』と記されている。現在では地形のロケーションが変わり、名前の由来がピンとこない。流れ落ちる水量が少ないためか、滝のイメージとしては少し淋しい。

 知床ウトロ温泉

   

 朝、家を出発したのが6時、羽田から釧路まで飛んでバスツアーで観光した。疲れた。やっと宿に着いた。夕食は少し贅沢だが、北海道知床の北の味覚を楽しもう。『北の漁場』と言う洒落た名前のついた店で飲んで食った。見事な焼き魚のホッケに大満足した。

 ナイトサファリ

 ツアーの目玉になっているネイチャーガイド付きの、知床ナイトサファリへと、夜8時バスに乗って出発した。残念ながら写真は撮れなっかたが、夜行性動物の姿を求めて、静かで暗い道をゆっくりゆっくり走った。エゾシカ、島フクロウ、北キツネが、ガイドの持つ投光器に照らされて健気に生きている姿を見せてくれた。知床半島野生動物食物連鎖の頂点に立つ羆の姿は、残念ながら見られなかった。 都会では絶対に見ることが出来ないと言われる、無数に輝くダイアモンドの星空は、月明かりが強すぎてぼんやりと輝いていた。

 知床五湖

   

 原生林に囲まれた知床五湖には、一般的な名前は付けられていない。五つあるから、一湖、二湖~5湖と言う名前が付けられているとか。シンプルで誰でも憶えられる。五湖全部の探勝路は一周30km、ゆっくり歩いて約90分かかる。我々のツアーにはそんな時間はない。一湖だけが見られる高架式の立派な木道を歩いた。羅臼岳の頂上に薄い雪がかぶさり、冬の訪れが近いことを知らせている。

                

 エゾシカ

   

 熊笹の密生した一湖散策で見かけたエゾシカは、全て雌ばかりだった。立派な角が生えた雄の姿を、バスの車窓から見つける事が出来た。実際に雄の数は非常に少なく、雌と比較すると早死にするらしい。何故か人間の世界と似ている。男はつらいね。 近年、エゾシカの数が激増し、彼等による食害が問題になっている。冬期降り積もる雪で餌が無くなると、樹木の表皮を剥いで食べてしまう。そのため、木は立ち枯れしてしまうとか。元来、原生林に住む野生動物の生態系は、自然のメカニズムで成立していた。それを人間が壊した。エゾシカの天敵と言われる狼を、人間に危害を与えると言う理由で徹底的に駆除してしまった。その結果、エゾシカが激増し食害が始まった。諸悪の根源は人間であると言われる所以である。

                 

 フレペの滝

      

 オホーツク海に面する知床半島北岸は、流氷によって浸食され、岩が削られ荒々しい断崖絶壁を形成している。今の季節フレペの滝は水量こそ少ないが、高い岩肌を伝わって絶え間なくオホーツク海に流れ落ちている。自然の偉大さに息をのむ。帰路、林道を歩くと、粉雪のような雪虫が舞い、冬の到来を教える。雪虫が舞うと、一週間以内に雪が降り始めるとか。北国の厳しい季節が始まるわけだ。

 網走

    

 高倉 健が主演した映画 『網走番外地シリーズ』で有名になり、網走と言えば刑務所のイメージが強い。網走川の対岸に刑務所の赤レンガ壁があり、近寄りがたいバリアを感じる。 「正面から中が見えますが、入ると出られなくなりますよ」とガイドさんが言った。

 天都山

   

 網走市街地南西にある標高207mの山で、山頂には展望台が設置され、多くの観光客で賑わっていた。360°見渡せるパノラマ展望台からは、網走湖、能取湖、オホーツク海、知床連山まで望むことができる。

 銀河の滝と流星の滝

   

 大雪山国立公園の名所として、有名な観光スポットになっている。遙かに見上げる断崖を流れ落ちる滝は、まさに銀河と流星、言い得て妙である。この二つの滝は、夫婦滝または、流星を雄滝、銀河を雌滝とも呼ばれている。

 美瑛パッチワークの路

   

 豪華な『ホテル大雪』をチエックアウトして、北海道ならではの広大な農作地の道路を回りながら、パッチワークのような色とりどりの畠を見た。数カ所で収穫されたジャガイモが山積みされ、北海道大規模農業の一端を、バスの車窓から眺めた。

 富良野フラワーランド

   

 『倉本 聰』の脚本が冴え、『さだまさし』の音楽が多くの人を魅了したテレビドラマの名作 『北の国から』の舞台となった北海道富良野市は日本中に知れ渡り、一躍有名になり、観光スポットになった。そこの広大なお花畑を訪れた。売店でサービスの蒸かしたジャガイモをご馳走になり、お花畑を散歩した。

 小樽

   

 層雲峡を発ってから、ひたすらバスの移動が続き、美瑛、富良野を経て、最終目的地の小樽に着いた。遅い昼食をとり、街を散策した。有名な小樽運河を訪ねた後、お土産の買い物で荷物がどんどん増えた。天候に恵まれた楽しい旅だった。

 

2010箱根旅行

2010/04/20~21

   

 東京都万人の保養地箱根。今まで何回行ったか覚えていない。台風のような吹き降りの日もあり、抜けるような青空で芦ノ湖に映る富士山が、一幅の絵画のような日もあった。全く変わらないのが、豊かな温泉とよく冷えた生ビールで、天国を感じることだろう。今回は、箱根湯本、湯の里「おかだ」に宿をとった。今回も天国で遊ぼう。ビールも料理も健康だから旨いのだ。

第2日

 ビールも、料理も、部屋も、お風呂も大満足だ。昨日チエックインした時は雨だったが、今日は好天に恵まれた。息子がカメラマンで、我ら夫婦がスーパーモデルになった。この晴れ姿がいつまで続くか。

玉簾の滝

 岩盤より湧き出した幾筋もの白糸のような優美な滝を、昔の人は水晶でこしらえた玉すだれの滝と呼んだ。難路で知られる箱根路を行く旅人は、この水で喉を潤し、生気をよみがえらせたと言います。

鈴廣かまぼこの里

   

 日本は島国、周囲をすべて海に囲まれている。豊かな海の幸に恵まれ、世界に誇れる食文化を持っている。その一つに「かまぼこ」がある。かまぼこの元祖は「ちくわ」らしい。歴史はかなり古く、文献に初めて見られるのは平安時代、当時の祝儀に出された記録が残されているとか。『鈴廣』名称の由来は、明治20年、第六代、鈴木廣吉が屋号をそれまでの村田屋から鈴廣と改め、かまぼこ製造を本業とした。以来、140年間革新をし続けていると、資料に出ている。一切の妥協を許さない職人のひたむきな努力が、日本の食文化を世界に誇れるまでにしたといえる。

日光・川治・鬼怒川旅行

プライベート旅行・2泊3日
時・・・・09/03/17~19
出発
 浅草から東武特急スペーシアに乗って、川治、鬼怒川温泉の旅に出た。目的は、ゆったりと温泉を楽しむことだが、近くにある世界的な観光地、日光を30年ぶりかで訪ねた。
日光

 日光と言えば、華厳滝・中禅寺湖・東照宮の三大スポットである。すでに何回か訪れてはいるが、ここまで来て観光しない訳にはいかない。まず、華厳滝を訪ねた。

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山形旅行

 出発
 時・・・・・・08/09/15~17
 ツアー・・・ミステリーツアー・2泊3日

 旅行案内の行程表は黒枠が多く、何処へ行くのか分からない仕組みになっている。暗号文のような予定表を見て、東北、山形方面の見当はついていたが、ミステリアスな出発になった。まー、何処でも良いさ、日本料理の「おまかせ」の気分で添乗員の指示に従った。羽田を離陸したジェットは、離陸直後に少し揺れたが、順調に飛んだ。山形は良く晴れていて、幸先の良い旅を約束してくれた。

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箱根旅行 17

箱根杉並木

箱根には芦の湖畔を中心に412本の杉並木が残っている。約340年前に植えられたものと言われている。樹齢は最高でも350年と判明している。1660年ごろに植えられたことが箱根町教育委員会の調べで説明されている。現存する杉のうち、良好な健康状態を保っているのは、約30%になっているらしい。懸命に保護に努力している人達の憂慮を高めている。
 昼なお暗い鬱蒼とした杉並木を歩いて道中した先人たちの姿を想像するだけでも、この場所を訪れた価値があるようなきがする。そして、一本でも多く未来に残したい遺産でもある。